「ヒロシマ平和映画祭」上演作品「ディア・ピョンヤン」観てきた。
娘(ヤンヨンヒ監督)がアボジ(朝鮮語で「おとうさん」)を撮った作品なんだけど、将軍様の思想が邪魔でほんとに邪魔で、これが親子の会話かいな、と何度も首をかしげてしまった。どの家庭にも多かれ少なかれ葛藤があるのだけど、この場合他人が踏み込むには予備知識がたんまりと要るようだ。
済州島出身なのに北朝鮮を祖国とし、「革命の首都」ピョンヤンへ3人の息子(在日2世)を「帰国」させたアボジ。後半になってちょっと萎えて、父親としての立場と総連幹部としての立場での葛藤なんかをちらっと語ってくれたけど、物足りんかった。
万景峰(マンギョンボウ)号の元山(ウォンサン)港への入港時の華やかさとは裏腹の、出港時の侘しさとか、人々の暮らしぶりとか、報道では伝わらない「かの国」のいろいろが垣間見れたかな。にしても、マスコミは「かの国」にちゃんと人間が暮らしていることを伝えるべきだと思う。蝋燭の明かりを頼りにシューマンを弾く音楽家を目指す少年や母親に手伝ってもらいながら宿題をしてる少女が暮らしていることを。
この作品でもっとも語りきれていないのはヤンヨンヒ監督自身のことだと思うんだけどね。彼女にどんな半生があったか、それを知らずして彼女から見たアボジを語られてもピンとこない。

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