もがり

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 一週間前になるけれど、横川シネマで「殯の森」を観た。ひさびさに映画観て打ちのめされて、なかなか消化できずにいた。日が経つにつれて、この映画に対する感想が変化しているのでその経過なんかを書こう。
 まず。映画を観ているときは、その説明のなさとツッコミ所の多さにちょいと腹立たしかった。直感というか直情で撮ってる感じは伝わるのだけど、映像に振り回されて振り落とされた感じがして、スクリーンの前で取り残されてしまった。これからいったいどうすればいいんだろうかと呆然とするしかなかった。
 この映画は、いままで観てきた映画のつくりと全く異なったものだったんだ。ナンセンスないい方をすれば、映画文法、らしきものの枠をはみ出てしまった作品。”思い”とか”感情”なんかを言語化せずにそのま。”思い”として”感情”として客にぶつけている。すぐさまにそれを受け取る心構えのなかった僕は全くもうコテンパンにやられてしまっていたんだ。
 数日経って、記憶に焼きついた映像を見返してみると、面白いことに気が付いた。「しげきさん」は死に場所を目指して森に入ったと思っていたんだけど、そうじゃないらしい。彼は森の奥へ行けば行くほどに生き生きとし、ラストシーンの穴に身を埋めるシーンでは圧倒的に”生きた”表情をしている。生きている実感なくケアホームで暮らしていた彼は”生”を求めて森に入っていたんだ
 ただひとつ、未だに釈然としないところがあって、「まちこさん」は何に救われてラストシーンのあの晴れやかな表情へたどり着いたんだろうか、ということ。思い返してみても、思いつくフシがない。なにか見落としていたのかもしれない。
 この映画のいちばんの見所は、森や茶畑のグリーンのコントラストもそうだけど、ケアセンターでのおじいちゃんおあちゃんの表情だと思う。古い家屋の畳の上で安心した表情をしていた。十年前、おばあちゃんがいた塩ビシート床とビニルの壁紙と合皮とに囲まれた老人ホームの人たちの表情とはぜんぜん別のものだった。

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