映画「いのちの食べ方」を見た。
オートマティックで食材が生産される様をただひたすらに映している映画だ。会話もテロップも何もないこの映画は、正しいとか悪いだなんて2極論への論議を否定するかのような、投げっぱなしのような、そんな映画だった。
幼い時、はじめて回転寿司に行った時、わくわくとした気持ちを持ちつつも何だか妙に悲しかったのを思い出した。規模とか効率とか考えるとまったく当然のことで、だからこそ僕たちは安く、そこそこの安全を信じてご飯を食べることができるんだけど、う~ん、この胸のもやもやはどうしたものだろう。ただ言えるのは、僕たちはそれを知った上で食べなければならない。噛締めて、残さずモグモグと。
にしても機械のかっこよさはそこらのCG映画に全く劣ってなかったよ。農薬散布機の両翼を広げるその様の美しいこと、魚の内臓を吸引する機械のまるで生き物のような仕草、牛を真っ二つにするノコの洗練さ。
コレだのものを見せられて、上映後、お腹が空いていたので僕の体はいまだ正直のようだ。
予告編は何だか押し付けがましい啓蒙映画みたいな感じだけど、ぜんぜんそんなじゃないです。

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