黒い花火

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中国新聞地域ニュース「太田川で鎮魂の黒い花火放つ 」
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200810260071.html

 モヤモヤしてるけど、書いておこうと思う。
 10月26日午後1時、僕はこの近くの飲食店でオーダーした料理が出てくるのを待っていた。この日は気候も良くて開いた窓からは路面電車が走っているのがよく見える。休みの日はよく昼食を食べに行くお気に入りの店だ。
 突然の爆発音。それはイベント用の景気付け花火の音を少し高くし、数秒のうちに数百爆発した音。そして見上げたビルの脇から黒煙が見えた。
 何事かと思った。音と煙の感じで中央公園脇の河川敷辺りであることは察しがついた。中央公園ではフードフェスタをやっている。その脇のグリーンアリーナは大相撲の広島巡業。その景気づけだろうか。それにしてはおかしな打ち上げ方だった。
 およそ1分後に第二弾がきた。さっきと同じくらいの量。今度は打ちあがった花火が破裂したのが見えた。
 暴発だ。イベント景気付け花火が暴発したに違いない。ここで僕はそう判断した。だが、何もしなかった。119番は誰かがしてくれるだろうと。だが奇妙なことにいつまで経っても消防車や救急車のサイレンは聞こえなかった。
 この花火の正体は翌日、とある方のブログで知った。
 「さあさあ今から賞獲った美術家先生がアートパフォーマンスをしますよ」なんて告知を知らずにパフォーマンスに触れた者として、あの爆発音と黒い煙幕に「原爆犠牲者への鎮魂」と「平和への願い」はまったく感じ取ることはできなかった。まして「アート」でもなかった。そう、あれは「事故」。花が暴発した事故としか受け取れなかった。
 あのとき119番をするべきだった。「事故」の目撃者として、僕はあまりにも卑劣だった。あれだけの爆発で何もないはずはないのだ。道端で倒れている人を無視してやり過ごしたようなもの。誰かから与えられた平和を当然のものとして貪り続けた結果だと思った。思いっきり平和ボケしてたわけだ。
 原爆を題材にしたパフォーマンスの是非は美術論も道徳的善悪もない僕にはできない。ただ、人の手により人の頭の上に原子爆弾が投下されたという忌々しい事実を忘れてはならない。それにより、肉体的に精神的に今も苦しんでいる人がいることを忘れてはならない。
 おだやかなランチタイムに、爆発音と黒煙がもたらした非日常を経験してそんなことを思いました。

Cai Guo-Qiang, Black Fireworks, Hiroshima, 2008

改めて映像でみるとチャチな「作品」ですね。

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