横川シネマにて鑑賞。モーニング上映のみにするにはあまりに惜しい。
イスラエル-パレスチナ問題を取り上げた映画を観るのはこれが3本目なのかな。1本目が「ルート181」(感想→★)、2本目が「NAKBA」(感想→★)。今作もイスラエルとパレスチナとの深い深い溝を露にしていた。
元イスラエル兵によるパレスチナ人虐待の告白と、難民キャンプ(というか"街")で普通に暮らしイスラエル軍による侵攻を受ける人々の様子を織り交ぜて映画は進行してゆく。
あまりに静かなところでの元イスラエル兵のインタビューと、騒然とした街で暮らすパレスチナ人との、音のギャップにまず気付く。騒然、それは人口密集地での近所の喧騒だったり、表をゆくデモ隊のシュプレヒコールだったり、上空を旋回する戦闘ヘリ・アパッチだったり、銃声だったり、パトカーや救急車のサイレンだったりする。子供たちは「虐待ごっこ」だなんて惨い遊びをして、自爆テロをした"殉職者"を英雄としていた。7歳の男の子が「将来、自爆攻撃をするんだ」と語るシーンは思わずヤラセではないだろうかと勘ぐったほどだ。だがこれが現実らしい。
虐待の告白をする元イスラエル兵のほとんどが僕と同世代だった。90年代末、18,19歳で召集され(イスラエルは軍役がある)、侵攻を広げた2002年ごろは部下を持つ上官だったり、その道のエキスパートだったりしていた彼らは、当時の様子をどこか客観的に、しょうがなかったんだ的に語る。何度も何度も同じ話をしているからだろうか、話の道筋は確かでわかりやすい。だが何かが決定的に欠如してる。これは告白であって懺悔でない。涙ひとつ流さない。語ることを正義としている節を感じてしまう。なんだろ、なんかきもちわるい引っかかりがある。
自爆テロはまるで毎日のように起きていて最近ではパキスタンが多い。あらゆるところに問題はあり、そこに目を向け耳を傾けなければ、問題の存在にすら気付かずに日々をやり過ごしてしまう。
映画は侵攻と自爆テロを繰り返す負の連鎖への警鐘を鳴らして幕を閉じた。
