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 映画「おいしいコーヒーの真実」を見てきた。2週間前から横川シネマで公開されているのだけど、「ヲルガン座」企画で深夜上映会があり、このタイミングで見ることに。来場者にはドリップで煎れたコーヒーのサービス付き。紙コップじゃなくちゃんとカップ&ソーサーで出してくれた。夜中に映画を観るのは秘め事めいていてなんだか楽しい。
 映画のほうは優雅にコーヒー飲んで楽しいだなんていってられないくらいにヘヴィーなもんだった。華やかな街中で消費されるコーヒーと、悲しいぐらいに安い値でコーヒー豆を売って貧困にあえぐ農家の対比を見事なほどに明確に映し出していた。一般的にコストダウンは企業努力によるものなのだから努力すべきは企業側なのにシワ寄せが原材料の方へいってる現実。コーヒーだけじゃなく、いろんな産業が抱えている問題だと思う。

 先日、横川シネマで、映画「バックドロップクルディスタン」を観た。
 「何にも知らない若者」視点でのつくりにすごい好感を持てた。クルド人問題を解説しつつ、カザンキラン一家の闘いに密着した前半と、トルコの中のクルド人知るための旅。前半で溜めに溜めた疑問を後半で一気に解消しつつ、あらたな疑問を抱かせるつくりはすごい良かった。
 それでも映画を見終えても、もやもやしたものがどうにもぬぐえない。
 最ももやもやしてるのは"難民"。どうしてカザンキラン氏は家族を巻き込んでまで日本にやってきて"難民"となろうとしたのか。クルドの独立運動に関わりさえしなければ、トルコのクルド人として生きさえすればトルコで親戚と友人に囲まれて暮らせたのに。内側からトルコを変えることだってできるのに。親戚を巻き込みたくなかったからだろうか。あの洗脳的なほどの愛国教育を子供たちに受けさせたくなかったからだろうか。いずれにせよ、生き難さの代償はあまりに大きいのではないか。自由に政治活動できなくても、差別を受け仮に弾圧されようとも、人は生きてゆける。もつろん故郷を離れても人は生きてゆける。
 あと、監督が終始カザンキラン一家にとっての「いい人」であり続けたことにやや憤りを感じた。怒らせることを嫌われることを恐れて追求すべきことを聞いてない。「あなたとは違うんです!!」と言われるぐらいの覚悟と根性みせてほしかった。

劇中劇

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 横川シネマに「ドモ又の死」を見に行く。

 出演女優陣がやたら豪華で驚く。それでも奥監督作品レギラーの今奈良さんがチョイ役で出てて何だか安心。

 有島武郎の戯曲を映画の劇中に稽古・発表するのだけど、初っぱなから現実と劇の世界が混濁してて困惑してしまう。リアルでの人間関係とかキャラクターはどうなってんの?と見渡すと、リアルでのそれらは全くの虚無だった。リアルでは空っぽで、ずーとポカーンとしてる。劇のキャラを与えられることで彼女たちは自己を得ていた。そうゆう仕掛けがわかって見ると俄然面白い作品。公式HPで原作が読める(さっき知った)のでそれを読んでからもういっぺん観るのもいいかも。

  そしてオールナイト飲み会へ突入。オフレコ話と貴重映像を満喫(詳しく書けないのが残念!)。

ぐるり

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 映画「ぐるりのこと。」を横川シネマ!!にて観る。
 リリーのやさしさが羨ましくなる。リリーの強さが羨ましくなる。木村多江ってこんなにきれいなんだってドキっとする。夫婦が一緒に連れ添うことに理由なんていらない。と、過程と結果を見て思った。
 脇を固める役者やチョイ役で出る方々が豪華で、そして素晴らしい仕事をしていた。脇やチョイではあまりにもったいない!
 音楽がよかったのに間がわるくって活かしきれなかったのかな。もうちょっとでサントラ欲しくなりそうだったのに。
 汗拭き用に持ち歩いていたハンカチが思わぬ活躍を遂げました。みなさんもお忘れなく。

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↑…おや?

NAKBA

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 映画「パレスチナ1948-NAKBA-」を観た。
 差別と虐待を受けてきた人たちが、自らのユートピアを求めて、先祖が生まれた地とはいえ、異国に踏み出すには、勇気がいっただろう。
 ある日突然、ここは我々の先祖の土地だからと、外国人が強い外貨と武器を持って地上げしに来たらどんな気持ちだろう。
 双方とも弱い人間なんだ。弱いからこそ武器をもってしまう。武器があるから戦ってしまう。戦うから殺してしまう。殺られたから殺りかえしてしまう。殺られそうだから先に殺ってしまう。老人も女も子供も敵になりそうだから殺してしまう。弱さが生んだ恐れが暴走して”虐殺”が起きてしまった。なんてことだ。
 この映画のキーワード、1948年。ユダヤ人入植者にとってイスラエルが国連決議によって建国したこの年は、その地に住んでいたアラブ人にとってはNAKABA(大惨事)となった年となってしまった年だ。悲劇の引き金が引かれたのはおよそ1000年前のイスラエル王国滅亡にあったはず…だなんて昔のことを引っ張り出すと際限ないんだけど、世界各地に散り散りとなり、ホロコーストを経験し、行き(生き)場を失ったユダヤ人たちには帰る場所が必要だったのだろう。ユダヤ人らに同情できるほど彼らのことを知らないけど、60年前の彼らの弱さと、かの地への希望は、キブツダリアの人たちのインタビューや暮らしぶりから伝わってきた。
 「いったいどうしたらいいんだ。大半の土地をアラブ人に返せば済むのか」序盤、タクシーの運転手が声を張り上げて訴えたこの言葉を、劇中、何度も頭の中で反芻する。いったいどうしたらいいのだろう。終盤に少しだけ示されたユダヤ人とアラブ人がともに生きる術。武器を持っても何も解決しないことにひとりでも多く気づいて欲しいと思った。

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